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こんなことしたゾ!

ここでは皆様やえだまめが、現地にて体験したレポートをご紹介してゆきます。皆様も自分は現地でこんな体験をしたといったような発表したいレポートがありましたら、是非投稿お待ちしております。
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クラバット山

クラバット山登頂始末記
元ビトゥン駐在 川口博康氏の体験記

空からブナケン国立公園を眺める テレビ福島取材同行
空軍小型機からの空中撮影

クラバット山 登頂始末記 - 元ビトン駐在員 川口 博康氏による体験記

今私はトモホンの家で10センチの段差を降りるにも悲鳴を上げる状態です。
足は勿論体中が痛んでいます。この痛みが消えないうちにこの顛末を残しておかなければと思いパソコンに向かう決心をしました。

          

北スラウェシ州−ミナハサ地方随一の名山にクラバット山があります。
別名「メナード富士」。私は静岡県出身ですので、毎日富士山を見て暮らしていたものですから、その姿かたちは勿論のこと、異国にあって故郷を思う気持ちをこのこのメナード富士に託し、時々胸に熱いものを感じる日々がありました。

この地に駐在以来、一度は登ってみたいと思うようになっていました。
しかし私は山の経験は高校時代の富士登山だけですので誰かに連れていってもらうしか方法はありません。いつでも機会があればと、靴、リュックサック、ジャケットなど早々と買い込み、気持ちだけはうわずっていました。しかし、仕事の関係や痛風になったりと体調もすっきりしなくてその機会も無く、いよいよここに駐在するのも残り少なくなってきた、九月プリマカシンドのU所長にバーベキューにお招き頂いた席でK氏をご紹介してもらいました。

K氏は山のベテランと言うことで既にヒマラヤにも登頂済みとのことでした。私の夢を話したところ、「一緒に行きましょう。」と思わぬ快諾のご返事を頂き、うれしくなってしまい、ついその日は遠慮もなく飲みすぎてご機嫌になってしまいました。

約束の日、急なお客様があり一週間延ばして頂き、いよいよ10月9日の決行となりました。やはり、朝早くうれしくて4時に目が覚めてしまいました。何時ものようにインターネットで今日の運勢を見ますと、「新しい事は中止すべし」とのご神託。同時に数日前、家内が送ってくれたビデオの「八甲田山」のシーンがダブり、完全に出鼻をくじかれてしまう。この計画を話した人達の全てから止めた方が良いとのアドバイスを頂いていました。特に家内からは強く電話で諭されていました。年だから、体力が無くなっているのですから等々。だからこそ私からすれば60歳-定年記念に挑戦したいのです。

何とかなるだろう…。
この身の程知らずの甘さが後から事故一歩手前の苦痛を味わうことになってしまいました。

          

10月9日、早朝の予定時間丁度6時にK氏、U氏が迎えに来てくれ荷物の点検。
着替え-6枚、飲料水600ml×4、ビスケット、チョコレート、ハチミツ、飴玉、虫除け、カメラ、携帯電話、メモ、持病の薬、正露丸、ちり紙。 他にテント、カッパ、食料などはK氏とU氏にお願いする。

何も知らない私は半ズポンにポロシャツ。すぐに「ゴルフにでも行くの」とやられてしまいました。N氏との集合場所であるアイルマディディの登山道入り口に午前7時到着、既にN氏、いつものすがすがしいお顔で待っていてくれていました。

07:30 登頂開始
入り口の警察に登山の記録をすませ、いよいよスタート。
メンバーはリーダーのK氏(34歳)、コーディネーターのU氏(35歳)、N氏(51歳)、私(59歳)の4名、予定していた荷物運びの人夫は止めたと。
その分K氏とU氏の荷物が多くなっていました。

昨夜の大雨のせいか清々しい朝、裾野に広がる椰子のプランテーションのなかの小道を一時間ほど歩き、一服。途中K氏から登山の常識の初歩を教えて頂く。
「道が分からなくなったら上に登りなさい。」と、自分一人になった時は実行できそうも無い。

普通の椰子からサゴ椰子に変わった所にこの地方独特の地酒-椰子酒の密造小屋に出会う。名前はチャプティクス。サゴ椰子からでる樹液-サグエル-をまったく原始的な方法で蒸留したお酒。私は洋酒や日本酒がこの国では結構なお値段とこの田舎では入手しにくいことからこれで我慢して飲むことが多い。

徐々に道は険しくなり、周りの風景も変わってくるのが分かる。
30分に一度の休憩を取りながら進む。途中尾根に出て左側の谷を覗いたらぞっとした。この深さ、もし足でも踏み外したら一巻の終わり、緊張した一瞬でした。

汗は異常に噴き出てくる。しかしまだ皆さんの冗談の話にも入る事ができる状態でした。「マッサージのおねえさん達を呼んでみましょうか」 半ばそれを信じながら、そんな事できれば天国だろうなと本気で期待したり。所々で大木が道を遮っている。
先程まで数匹の猿が頭上の木々を喧しくサル語で連絡を取り合っていたのがうるさく感じられていたのですが、いつのまにか居なくなっていました。
いよいよ木の根っこにつかまりながらの前進-よじ登りです。やはり相当疲れてきました。何か気のせいか頂上が見えたような気がしたものですから、ついうっかりと頂上です、と叫んでしまい、皆さんに笑われてしまいました。私の予定の行動ではもうとっくに頂上に到着して良いはずなのですが。こんなはずではない。キャディは2時間で登ると、工場長は5〜6時間と。もう冗談なんて言っていられない。先の人に着いていくのがやっと。

とてもカメラを取り出し写す元気は無い。
蚊も少なくなってきた。枯れ葉か何かゴミが腕についているとばかりに思っていたらU氏が「それはヒル(尺取虫)です。」と言う。山にはどこにもいるとのこと。しかし、周りの樹海の風景は一変してしまっている。真っ直ぐに伸びた熱帯ジャングルの何十メートルの巨木から長さ10〜20メートルの幹や枝がくねくねと曲がり、そこには苔や蘭の一種だろうかびっしりと付着している樹海にかわってきている。異様な雰囲気を作り上げている。私が今までに見たことも無い森の世界である。御釈迦の国に迷い込んだかと一瞬妙な気分になる。

これだけの苔を育んでいるということは年中湿度が高いということでしょう。赤道直下でこんな光景に出くわすとは。十分に水分を含んだ苔のなかで水滴が光ったのが印象的であった。また、苔の中から見えた真っ赤な3mm位のきのこ?は何だったのでしょうか。この裾野に生活している我々はこの山からの水によって計り知れない恩恵を受けています。地下70Mからは無菌状態の水が得られる。我々の関係している水産の工場もこの水があればこそである。
ここは水に関した自慢が多い。コカコーラやアクアの工場。イカンマスはどこよりも美味い。


私が勝手に思い込んでいた予定の時間を遙かに越えてしまってもまだ頂上は見えない。水は既に2本半飲んでしまっている。あのリポ○タンの広告の場面、「ファイト一発!」と同じような場面に何回挑戦したことか。
そろそろ声も出なくなってしまった頃、先頭のK氏から「もうすぐ頂上ですよ。」の声。前方が木が切れて明るくなっている。ものすごく蒼い空が見えた。一面、すすきに変わり、スロープもなだらかになり、いよいよ頂上に到着。
私はリュックを投げ出し、しばらく横になる。正直言って周りなど見回す元気はありませんでした。うれしさより何とかやっとたどり着いたといった安堵感。30分位休みました。
しばらくすると、頂上はもっと先だとK氏が言い出す。なるほど、よく見ると200メートル先のほうが少しばかりの木で覆われていて少し高い。横になったお陰で元気が出る。改めて頂上めざして立ち上がる。

16:00 クラバット山(メナード富士)-1995m 山頂到着
ここで記念撮影。やっと笑顔がでる。日本の国旗でも持ってガッツポーズでもしたい心境。「そこに山があるから」私もこの言葉のおすそ分けを頂きました。

改めて下界を見渡す。
レンベ島からケマ - アイルマディディ - メナード - リクパン - ブナケンと素晴らしい。
ロコン山が遙か下に小さくみえる。トンダノ湖も意外に小さい。改めてここが如何に高いか。地元の人達の言い伝えに、ここに登って見える所は行った事と同じことになると言っていた事を思い出す。お陰で天気に恵まれその夜景をも堪能することができました。

以下<回想>部分省略 →後記参照

           

テントを設営し終わり、下界のそれぞれの町の明かりを確認しながら、U氏が大切に担いできたウイスキーをあける。兎も角、無事登頂成功を祝って乾杯。
登って良かった。 生きていて良かったと思う。ウイスキーをこんな雰囲気のなかで飲むのも何年ぶりか。
何か忘れてしまっていたものを思い出したような一杯であった。

テントの中では色々な話に花が咲いた。
N氏の土木工事、特にトンネルについてのお話は面白かった。
K氏の素晴らしい生き方にバンザイと拍手を送りたい。
自分のしたいこと-登山-を達成させるために仕事をする。その目的のために仕事も変える。良いですね。ここにこそ本当の自分の人生が作れると思う。
人生にはこういう出会いがあるから楽しい。

身にまとえるものを全て付けて横になる。疲れと先程のウイスキーで直ぐに寝入る。
2〜3時ごろ、雨の音と寒さで目が覚めてしまう。皆さんも同じ、又、話を始める。
この頃から下から登ってきた人たちの声が賑やかになる。ここの人たちは夕方出発の朝方到着のスケジュールらしい。殆どが学生と同年輩の若者、年配者は見当たらない。若い女性もいる。中にはゴムぞうりや裸足で平気な顔をしている。夜間行動は危険ではないのか。なんといっても若さでカバーしてしまうんだろうと思う。うらやましく思う。

05:30 日の出
山頂からの日の出を見る事が出来た。レンベ島からゆっくりと立ち昇ってくる太陽は美しく眩しい。反対のメナード湾にはクラバット山の影がくっきりと映っている。下界の山々や町が朝日を浴びてゆっくり目覚めていくのがわかる。これは山頂に登った者しか見る事が出来ない「小さな美しい水の惑星」の「庭園の島」で毎日繰り返されている光景なのだ。バンザイを叫んでしまう。

朝食はU氏が作って持ってきてくれたおむすびと温かいお湯、うめぼしの入った奴は特に美味かった。
 
            

07:00 下山開始
数歩踏み出したとたんに足が「がくがく」してよろけてしまう。何か調子がおかしい。ひざ小僧が笑ってしまい踏ん張りがきかない。どうしてしまったのだろう。
K氏は筋肉が退化してしまったからだと言う。えらいことになってしまった。一番しんがりを必死でついていくも、ずんずん遅れてしまう。
下山は楽勝とばかりたかをくくっていたのですが、予想外のハプニング(私にとっては考えても見なかった事)についに半分くらい下山したところでK氏の言葉に甘えリュックを持ってもらう。情けない。飲み水も心配だ。後少しとなる。
K氏はあれだけの荷物をしょってひょいひょいといった感じで降りていく。下山は上りの1/5位と言っていた。いくら遅くても11時には到着と思っていました。

途中、K氏が小さな木の実を採ってくれたがとても味わうような余裕はない。ある種の木や葛などの切り口からでる水も飲めると言う。K氏が試している。私が必要以上に水を飲んでしまうので最悪の場合を想定しての行動であったと思う。

「まだ顔色がいいから大丈夫です。」「遅くてもいいですから元気だけは落とさないように。」などと励まされ、杖にすがり、時には後ろ向きに這いずり、また落差の大きいところは滑り落ちるように転げ落ちてともかく1メートルでも先に進まなければとの思いだけで必死でした。皆さんが「下山したら生ビールを飲みに行こう、又マッサージに行こう。」と声を掛けてくれるのですが、とても受け応えできる気力はありませんでした。
一服のときもすぐに眠気に襲われ、もうどうでもいいな、ここで止めても良いじゃないかとの誘いとの戦いでした。まさかとは思いながらも何処かに馬か牛が居ないか探したり全く情けない格好です。

14:00 下山終了
先発のK氏が「椰子がある。」と知らせてくれました。嬉しかったですね。既に自分の水は飲み干してしまい他の人の分まで頂いていました。
木陰に倒れていましたら皆さんが椰子を採って来てくれ3個も飲み干しました。生き返った思いでした。
ゆっくり休ませてもらい最後の道程にびっこを引きながら出発、杖にすがりK氏が一緒に見守ってついてきてもらうなか、やっとのことで14:00ふもとにたどり着きました。ほんとうに情けない姿でした。映画でみた戦場で敗残兵が杖がわりに鉄砲にすがって落ちていく姿と何も変わっていませんでした。

警察で無事帰還の記帳を済ませ家路に就いたわけです。途中、皆さんのご厚意でサグエルを飲み、喉を潤わせました。この時、ほんとうに無事に着いたんだなと実感しました。
家に入り靴を脱ぎ靴下をとったところ、両方の親指の爪が赤く紫色に変わっており、少し触っただけで痛み、改めて下山の凄さを知らされました。

確かに「そこに山があるから」登りたくなったのですが、皆さんのご忠告を無視した天罰はてき面でした。おそらくK氏という立派なリーダーとU氏、N氏の温かい心が無かったら今頃、あのアイルマディディの警察の手にかかり牛かなんかで担ぎ降ろされていた事でしょう。気力、精神力がどこまで通用しますか。今回は体力の退化をまざまざと見せ付けられ、やっとのことでたどり着いたというのが事実です。
正直恐かったですね。もう少し何かあったら自力での下山は出来なかったと思います。山に見合った体力測定なんかのソフトを誰か開発してもらえないでしょうか。
これで私もあまり大きい事は言えなくなってしまいました。

しかし、こうして無事に到着し生きているのですから一緒にパートナーを組んでいただいたK氏、U氏、N氏に心から感謝いたします。ほんとうにお世話になりました。ありがとうございました。

            

下山三日目になってもまだ体中が痛んでいます。
K氏によれば「登山はその昔、貴族が始めたスポーツ」とのこと。当時の貴族が何を考えて山を登ったかは知りませんが私の場合、この二日間で山から色々な事教えてもらいました。

内地では中高年の登山の事故が多いとニュースで言っている。私の今回の無謀ともいえる登山で思い知らされた事は、自分の体力が今どの辺にあるか分からなかった事です。自分の体力に見合った山を選ぶのが最善と思いますがどうしてこれが分かるのか。自分の体力がどこにあるかを見極めるのはなかなか難しい。気持ちと体力は一致しない。安全な登山については沢山の方によって言われていると思います。私の年、体力では、山はあなどれないなと言うのが実感です。

定年記念の登山は私に教訓を残してくれました。「身の程知らず」ということと、「周りの人の意見を聞きなさい。」 それと体力は気力以上に劣化しているということです。これから年をとっていく私には何故かぴったしの「天の声」のようです。

今度も改めて感じた事なんですが、「視点を変えてみるということは必ず新しい何かを発見できる」ということです。今回もいつも下からのみ眺めていたクラバット山、同じ目線で山の頂上から見下ろした事により新しい感動がありました。
時々海から陸を見ると同じように。

何時かこの痛みもみも癒え、もう一度この山になんてことは有り得ないでしょうが、感動の無い人生なんてつまらないでしょうから何かに挑戦するしかないと考えています。
しかし、口ではいくら大きな事を言っても体力はそれについていけない事、大きな教訓をもらいました。これを忘れないようにしようと思う。
私の次のターゲットはヨットですね。いつの日にかと夢見ながら0からのスタートです。K氏の次のターゲットはマッキンレーとのことでした。
ご成功をお祈り致します。ありがとうございました。

           

<回 想>

「タルシウス」(かつての日本人会会誌)にも幾度か寄稿して頂いているA氏はメナードを「箱庭のようだ」と形容されていました。川勝氏はその著書「文明の海洋史観」のなかで地球を「小さな美しい水の惑星」と言い日本をそこに浮かぶ「庭園の島」と形容しています。

富士の「富」とは、物の豊かさを、「士」は心の豊かさを表していると言う。我が故郷の富士のいわれも、ここメナード富士もどちらも何となく共通点があるようでいっそう身近さを感じます。
ダーウィンはその弱肉強食の世界観の中で「世界は万物の生存闘争の場であり、強者が弱者を駆逐し収奪して支配を広げる」と言っているのに対して京大のI教授は「自然とはそのような生存闘争の場ではない」と異議をとなえている。

川勝氏は「自然から「棲分け」の摂理を学びこの小さい美しい地球において人間同士そして人間と自然とが平和共存しうる世界を目指さねばならない。またグローバル化とはすべての人間と自然が一つの強いシステムの支配のもとにおかれる事ではない。それでは近代世界システムの延長線上に過ぎない。自然とは本来多様なものの共存である」といっている。

この山頂にあって、美しい下界をながめていた時、その言葉が一瞬脳裏をかすめる。川勝先生の「文明の海洋史観」はこちらにきて最も感動して読んだ本だ。近代の世界のシステムが如何にして誕生し、今このシステムが行きずまってしまっている現実、これからどうすればよいか。アジア人として自信が沸いてくる歴史の解釈である。同時に未来に夢を託したくなるような筋書きであった。

インドネシアのパンチャシラにある「多様性の中の統一」も改めて新しく響く。素晴らしい思想ではないだろうか。今この国も欧米が主張する近代世界システムの餌食になろうとしている。この国で起きた昨年から今年にかけての出来事、今も国連の平和維持軍が介入している。しかし山頂から見るとこのミナハサは信じがたいくらい平和であることを実感する。ミナハサはまさに日本と同じく庭園の島にぴったりではないか。

いつまでもこの平和が続いてほしい。

1999年10月13日
トモホンにて

<解 説>

以上は2000年北スラウェシ日本人会会報−正月特大号 「タルシウス」第8号に掲載された川口氏の原稿よりご本人の了解を得てここに紹介させていただきました。

途中<回想>の部分のみ後記に移動させていただいておりますが、レポートは会報に掲載されたそのままをこちらにも掲載させていただきました。

登った山が山だけに、大変貴重な登山レポートであるのは間違いありませんが、川口氏の冒険好きで少年のようなお人柄が良く現れたエキサイティングな登山体験レポート、今や幻ともいえるかつての日本人会会報誌にこのまま埋もれさせておくのはもったいないと、常に心の隅にとどめておいたものを、ようやく発表することができて光栄です。

快く原稿掲載に賛成して下さった川口氏にも、この場をおかりしてお礼を申し上げます。
有難うございました!

2005年9月 えだまめ通信より


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